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吾妻連峰登山



2006.5.11〜13



「あと少しでも前へ」




酸ヶ平にて




 初日。

 薄曇の中、福島駅西口の集合場所へ俺は女房の車から降りた。やや肌寒い。すでにキタノ軍団の7人(うち6名が新人)も到着していた。

 今回の吾妻連峰登山会は各団体が結集し、参加者が150名を超える大規模なものだ。

 受付を済ませ貸切のバスに乗り込んだ。

 スカイラインへ入ると曲がりくねった登りの道が続き、気分が悪くなってくる。どんよりとした空の下に雪の回廊は絶え間なく連なっていた。

「キタノさん、目的地までどのぐらいかかるんですか?」
 初参戦の若者が無邪気に訊いてくる。

『あと30分ぐらいじゃないか』
 なんて応えているうちに浄土平Pでトイレ休憩。気温は非常に低い。今夜幕営する兎平野営場には水場がないと訊いたので、トイレで慌てて水を補給した。

 そして兎平P到着。氷雨が激しく降っていた。

 地面に残雪がたくさん積もった状態の中、重いメインザックと空のサブザックを抱えて、テントサイトへ向かった。意外に距離がある。

 テントサイト内は、ほぼ全面雪だ。否応なく雪上幕営となった。

エアライズ2
 俺が今回投入したテントは、アライ・エアライズ2。山用にはもってこいの軽量の逸品である。

 サッと組み立てた。床には防寒のため、NASAシートを敷いたが氷枕のように冷気が伝わってくる。こんな中、2泊もして大丈夫なのだろうか。ちなみにシュラフは数年前に購入していたモンベルのマイナス5度対応である。エアマットも持参した。
 内部は、こんな感じ。2〜3人用なんで、一人なら荷物が充分なスペースで確保できる。

 テントの真上に松の枝があるので、時折、バラバラっと雨滴が落ちてくる。でも先日の日曜に防水対策を念入りにしていたので雨漏りの心配はまずあり得ない。

 昼食はバーナーで湯を沸かし、カップヌードル。そしてカロリーメイトと簡単に済ました。
 今回、首からぶら下げるタイプの携帯鉄箸(スノピ)を初投入。名称は「和武器」。コンパクトに収納できるのが画期的だ。箸に千8百円とは少々値が張り過ぎると思い今まで購入を躊躇っていた。

 しかし、環境にやさしいのはもちろんだし、さりげなくお箸の準備ができ、キャンプ・山行では実に役立つ。なぜか日本よりもアメリカで売れているらしい。
 体が冷えているのでアツアツのカップラーメンが、本当に美味しく感じた。

霧雨の中の結団式が終了。悪天候につき、本日の登山は中止、テント停滞かと思っていたが甘かった。しっかりと姥ヶ原へ向け山行開始。

 俺はゴアのカッパに身を包み雪道を歩いた。俺一人なら初めてのルートだし、この霧雨模様、間違いなくテント停滞に決定だったろう。
 しかし、単独ではない。団体登山だ。とにかく前へと足を進める。

 さすがに本日の山行は足慣らし程度だった。さほど難易度の高くないコースを3時間ほど歩く。

 終盤には雪上歩行訓練がなされた。登りはつま先を蹴るようにする。逆に降りは踵を蹴りながら下山する。トラバース(横切る)の場合は靴の横を雪へ蹴こます。
 これらの行為を繰り返せば、転倒や滑落はアイゼンなしでもかなり防げる。事実、俺は、今回の山行で一度も転倒していない。

 夕刻、それでもややヘバりながら、ベースキャンプ(兎平野営場)へ帰還。すぐにセントラルロッジで各グループの責任者ミーティングがあり、明日の出発時間、ルートの確認がなされた。

 本部のあるセントラルロッジは、シーズン始めなので電気は点かないし、トイレも水が出ない状況である。トイレは用を足した後、バケツで自ら流すとか。この現状を訊いた直後から俺は便秘になってしまう。

 テントサイトへ戻るといい匂いが漂っていた。キタノグループの今夜の夕食は焼肉だ。初心者ばかりの若者グループだが、試行錯誤しながら飯を炊き、肉を焼いていた。俺は敢えて口出しはせず、ご馳走になる。キャンプで食べる料理はなんでも美味い。

 若者たちへ早くテント内で休むように促し、俺自身もエアライズへ入った。しかし、気温が劇的に低下してくる。手元のサイココンパスだと既に零度を切っていた。

 現在の俺の服装は、山用のTシャツ、長袖シャツ、フリース、ダウンJKT、ゴアの雨具上下、冬用登山ズボン、登山用靴下2枚・・・

 とにかくフル装備で寒さを凌いでいる。

 持参したウイスキーをマグカップへ注ぎちびちび飲んだ。すると体の内側から少しずつ温かくなってきた。

 ラジオがいい感じに流れていた。HBC(北海道放送)の周波数は取れなかったが、俺の大好きなテン泊のムードが漂い出す。

 おっと夜更かしは厳禁だ。この団体山行では就寝時間は21時。これは鉄の掟である。

 俺は着ぶくれした姿でシュラフへ顔までもぐりこみ、寒さに耐えていた。

 風が強くなってきた。不安定な雪上に打ったペグだが耐え切れるだろうか?もう一度、張り直すべきなんだろうか?

 そんなことを考えているうちに深い眠りの中へ落ちていた。

 2日目。

 翌朝、4時起床。

 気温マイナス5度。登山靴の紐がガチガチに凍り、ほぐすのに難渋する。

 若者グループは
「キタノさん、寒いっス。寒過ぎます」
 と連発していた。

 無理もない。彼らにとって、この手の本格幕営は初めてだろう。最初から過酷なキャンプをさせてしまったようだ。

 キタノ軍団全員で朝食の手作りサンドイッチを食べた。

 俺は
『無理してでも喰っておけ。喰って飲んでいれば絶対にバテねえからな』
 と励ましたが、彼らは一部を除いて元気がない。

 6時、吾妻連峰ニセ烏帽子山(山形県側)へ向け出発。

「雪のルートなので、ゆっくり行きます」

 と言いつつ・・・

 俺の属する班の先頭の方、つまりリーダーのペースは速い。息が切れそう。

 実はGW前、購入したばかりのスーパーカブで、なんと永久ライダーたるキタノが転倒。全身打撲・顔面骨折の重傷を負った。すなわち連休中は、どこにも出かけず自宅で寝込んでいたのだ。

 俺の体はなまりになまっていたし、山行もドクターストップがかかっているほどダメージを受けていた。

 でも、それをイイワケにしたくなかった。

 俺は最後尾につけながらも懸命に登りのルートを這い上がった。

 やがて、酸ヶ平へ・・・

 そして、このページ冒頭の画像を撮影する。

 天気はよいが、風と寒さは凄まじい。気温は余裕で氷点下。霜柱や凍った水溜りがあちこちに点在していた。

 帽子だと風で飛ばされるので頭へバンダナを巻く。
 酸ヶ平から、雪上約40分ほど登ると森林限界を過ぎ新百名山「一切経山」頂上1949Mへ到達する。雪はほとんどなかったが、やはり強風が吹き荒れていた。

 西面の磐梯山の威容は、息を飲むような眺望だった。北面の五色沼は、雪の白と青色の水面が絶妙のコントラストを醸し出す。まさに「魔女の瞳」。
 間違いなく真冬は全面結氷するのであろう。沼岸から中央部にかけて、まだ氷が張っていた。

 そんな光景を横目にしながら、一切経山北面の急斜面を早いペースで降る。

 このあたりまで来ると陽も高くなり、気温がぐんぐん上昇してくる。風も収まってきた。素晴らしい登山日和だ。
「キタノさん、目的地まであとどれぐらいかかりますか?」
 疲れてきたのか不安げにキタノグループの新人が尋ねてくる。
『俺もこのあたりは初めてだが、ざっと2時間半ぐらいか?とにかくマメに水分を補給しておけ』
 と応えると、え?そんなにといった表情で驚いていた。
 やがて約30Mの雪上トラバースへ入った。画像では緩そうに見えるが滑落すれば五色沼まで落ちてしまうぐらい角度がキツイ。要所要所に熟練の技術指導員が立ち警戒を怠らない。

 トラバースは前述の通り、登山靴を横に叩きつけるように歩行し、グリップを確保するとよい。皆、一定間隔を保ちながら慎重に歩いていた。

 トラバースを抜けると家形山(1877M)への急登。ジグザグな登山道を息をあげながら登り切る。足場が荒れていたのでかなり登り辛かった。

 家形山山頂へ到達。ここで小休止。ペースはかなり順調らしいが、俺の体の関節が酷く痛んだ。やはりドクター・ストップを無視した報いか?
 家型山からニセ烏帽子へ向かうルートは雪が深く登山道が消えていた。

 何度も踏破している熟練の首脳陣の経験と勘だけが頼りだ。とにかく俺は遅れてはならじとついていく。

 そして物見台という岩場に到着。元気のある人は登ってみなさいとのこと。果敢にチャレンジする隊員も多かったがキタノグループは誰も動かず。
 最終地「ニセ烏帽子山」へ向けて動き出す。とにかく雪が深く林の中を彷徨い歩くようなカタチで突き進んだ。

「枝の跳ね返り注意です。雪の踏み抜け注意です」
 などと伝言を何度も受けているうちにゴール。

 雪ばかりで、特になんの眺望もない。ここで昼食。
 バーナーで湯を沸かし、カップ麺を食べた。箸はもちろん首に下げている和武器をサクサクと組み立てたものだ。登山で食べるカップラーメンって、どうしてこんなに美味しいのだろう。

 ムシャムシャと麺を頬張っていると・・・

「出発!」

 リーダーから合図があった。

 え?まだ食べてるんですけど。食後の休憩はなしですか?とにかく慌てて汁を飲み込んだ。

 腹の中からチャプチャプと音を出しながら、最後尾をキタノは駆け足で進むのであった。

 例の登山道の消えた林の中の豪雪地帯を引き返す。

 だっ、ダメだ。ついて行けない。これ以上ペースをあげるとキタノは体調を崩したり、怪我をするだろう。過去の山行でさんざんな目に遭っている。一応、俺も責任者の一人なのだが、暫く単独行動をさせていただく。そんな中、キタノグループの新人たちは、よくついて行っている。あんなにオーバーペースで大丈夫なのだろうか?まあ、若い連中だから平気か?

 ようやく家形山山頂を抜け、足場の悪い急な降りをクリア。五色沼のトラバースで隊へ追いつくも一切経山への強烈な登りで、また引き離されてしまう。

 しかし、皆さん、こんな登りを休まず延々とよく踏破していると感心してしまう。俺は適当に足を止め煙草を一服。携帯灰皿に火を落とし、ダラダラと登るといういい加減な登山だった。情けないが、いつものやり方である。

 休憩中の隊へ一切経山山頂で追いつくが、すぐに出発。ガ〜ン! 
 山頂から下山中、眼下に磐梯吾妻スカイラインの最大の景勝地・吾妻小富士(1707M)が広がっていた。

 なんでも6千年前の火山の噴火でできた山らしい。浄土平Pから急斜面の階段を数分ぐらい登ると、噴火口が摺り鉢状に開いているのが確認できる。

 実は我が家からも、春、桃の開花時期の頃、「種まき兎」で有名な雪形が眺望できたりする。
 まるでスキー場のゲレンデのような酸ヶ平まで下山。

 ここで各団体ごとに自己紹介、日頃の取り組み、芸の披露。芸のないキタノグループはなんと
「え、こちらのキタノさんは顔に似合わず空手の達人なので廻し蹴りを披露します」
 おまえらなあ!

 俺は事故上がりだし、山行でバテている。そして何年も修行してない。ヤケクソで若者の一人が抱えるザックへ左廻し蹴りが一閃!

 オリャア〜

 思いっきり蹴ったら、若者が3メートルほど吹っ飛んで倒れていた。

 そんなこんなで長い一日が終わり、ベースキャンプ兎平野営場へ9時間ぶりに無事帰還となる。

 各グループの責任者ミーティングが昨夜同様行われ、晴れならば明日の午前中に東吾妻山を踏破、その後閉会と決定した。

 そして暫し、ロッジで飲み会。熟練の皆さんの飲み会の話題は凄い。知床岬付近の流氷の上で幕営し、流氷ごと流されてしまい、海上保安庁のヘリで救出された方の逸話とか?

 ほどよくヨッパになりテントへ戻った。しかし、昨夜以上に冷える気がする。
 とても寝れる状態ではないので、バーナーで湯を沸かした。そしてホットウィスキーをつくり、チビチビとまた飲みだした。

 ラジオからは寺尾あきらの「ルビーの指輪」が流れていた。やっぱりテン泊のこの雰囲気は最高だ。

 なんて満足にひたっているうちに爆睡!
 3日目(最終日)

 テントにボツボツとなにかがあたっている音がした。雨か?ジッパーを開け、外を見ると雪じゃねえか。今日は5月13日だ。なんで今頃、雪になるの?

 緊急ミーティングで本日の登山は中止が決定。テント内で10時まで停滞となった。まだ5時だ。慰労困憊の俺は躊躇わず二度寝。

 9時ごろ起き出すと雨に変わっていた。雨具のまま外へ出てテント撤収作業。しかし、キタノグループの新人たちは、雪と雨とあまりの寒さに戦意喪失。誰も自分たちのテントから出てこようとしない。

 ここでキタノが珍しく一喝。
『雨だろうが雪だろうが、テントを撤収しないと家に帰れねえんだよ。甘ったれんじゃねえぞ』
 数限りなく雨中のテント撤収を経験しているキタノと初心者キャンパーとの差がここで歴然とした。

 彼らはようやく作業を開始していたが、皆元気がなかった。

 そして、バスに揺られ福島駅へ到着。

 さっき怒鳴ってしまった手前、終わりのミーティングでは誉めて置こう。
『まあ、でもなんだな。おまえらは初心者のワリに実によくやった。反省点を活かして次回の山行もガンバロウ!』
 これで新人たちも山、いやアウトドアが好きになったことだろう。

 フフフ・・・

 しかし、彼ら(キタノチルドレン)の心境は山行やキャンプがこんなに過酷なものだと思いもしなかったようだ。

 次回登山会の参加希望者は7人中2名。5人は辞退。

 トホホ・・・

 俺は人のことより、自分のことで精一杯。やはり単独行が性に合っているようだ。

 詳しくは後日の北のサムライ雑感の通り。

 昨年より、バイクツーリングというより、山系の色合いが強くなりつつある「永久ライダーの軌跡」だが、俺は旅の手段はなんでもいいと思う。

 徒歩あり、車、バイク、鉄道、バス等・・・

 その人が満足できる旅になればいいワケだし。

 終わりに(あと少しでも前へ)

 波乱の登山会ではあったが、今シーズンのキタノの山行がようやく始動する。

 もともと旅系ツーリングライダーの俺が、なにが楽しくて過酷なことばかりを繰り返しているのか?

 実は俺にもよくわからない。

 ただ、どんなに傷を負っても自分の足で立ち上がって前に進むハングリーなスタイルだけは持ち続けていたい。

 俺は、エネルギッシュでもパワフルでもない。むしろ、近年は体力の衰えばかりが目立つ弱い自分だ。すぐに息があがってしまうし。

 それでも俺は・・・

 ひたすら前へ進みたい。



 あと少しでも前へ・・・ 




寂しそうなオヤマの大将キタノ(兎平野営場Pにて)




FIN



記事 北野一機



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