北海道ツーリング2007















 とりあえず腹がへった。腹がへってはなんとやらということで、R39沿いのなんの変哲もないラーメン屋へ入る。当然店名も覚えてない。

 店内は昼時ということで、サラリーマンっぽい客で結構混み合っていた。オーダーをとりにきたおばさんになんとなくチャーシュー麺を注文する。新聞を読みながら待つと、またなんともオーソドックスなラーメンが運ばれてくる。とてもシンプルで懐かしい味だ。
 腹一杯で駐車場へ出た。そして曇天の空を見上げながら妻に携帯から連絡を入れた。

『もしもし、俺だけど。いや、したっけ、天気が悪くて全然登山も出来なくて参ったよ』
「福島は暑いわよ。本当に信じられないくらい。とてもじゃないけど2階になんて居られないわ。とにかくさ、あなたも山とかばっかり考えないで、普通に観光したら。今、どこなの?」
『旭川だけどよ。いまさら観光地なんて行き尽くしたぜ』
「旭川なら、今話題の旭山動物園だっけ。まだ行ってないんでしょ」
『野郎ひとりで、動物園なんぞに行けっかよ』
 などとたわいもない会話を済ませてマシンに跨る。う〜ん、やっぱり蒸し暑い。

 和琴までは、層雲峡〜留辺蕊〜北見〜美幌峠というルートをとった。延々と走るが、途中、小雨にあたったり、霧が深くて見通しが悪いということぐらいで特筆すべきこともなにもない。和琴湖畔キャンプ場に到着した頃には流石にあたりが薄暗くなっていた。

 とにかく和琴だ。今年もようやく帰って来れた。古巣は屈斜路湖のロケーションが最高で、いつ来ても嬉しくなる。

 さっさとテントを立てた。まだ時期的に混んでないので、少しファミキャンサイトの方になるが、木陰のいい場所にスペースををとる。売店のおじさんやおばさんにも遅いから、料金は明日まとめて支払いますと一声かけてビールの栓を開けた。

 美味い!

 乾いた砂漠に水が沁みるようにガブガブと飲む。既に500ccの缶2本目に入ると少し酔いがまわり始める。おっと面倒だけど料理を作らないと。モヤシとジンギスカンをフライパンで炒めただけのワンパターンなものだが、ビールのおつまみにはぴったりだ。

 テントに入り、酒をグランブルーに切り替え、ヘッドライトの灯りでひたすら浅田次郎の小説”活動写真の女”を読みふける。不思議なストーリーだった。

 昭和44年、京都。大の日本映画ファンである大学の新入生。やがて主人公は友人の清家忠昭の紹介で、古き良き映画の撮影所でバイトするようになる。そんなある日、清家は撮影現場で絶世の美女と出会い、激しい恋に落ちる。しかし彼女は30年も前に死んだ大部屋女優だった。若さゆえの不安や切なさ、不器用な恋。失われた時代への郷愁・・・

 読み物の世界にどっぷりとひたってしまう。そして俺は、いつの間にか深い眠りへと落ちていた。

 翌朝・・・

 いやあ、よく寝た。ジッパーを開けるとやっぱり外は、どんよりとした曇り空だった。地面が濡れているので未明に雨が降ったらしい。もうがっかり。いつになったらお天気がよくなるのだろう?

 とりあえず、お風呂の道具を持って、露天風呂を通り抜け、奥の公衆浴場へ。ここはどうせお湯が熱くて、ほとんど人など気やしない。

 と思ったら・・・

 結構、人がいるじゃん。子供たちが、中で騒いでるし。お風呂も熱くもなくちょうどいい湯加減だし。

 しかも壁には”湖が汚れるから、シャンプー・石鹸の利用は禁止します”と書かれている。

 なんだかメジャーな温泉になったみたい。とにかくじっくりと湯に浸かり、タオルだけで体を洗った。やはり時代は、こうやって変遷していくものなのだろうと思いながら、キャンプ場へ戻る。

 朝食は登山用のレトルト梅粥にする。荒天で山行ができないので、多めに持参した携行食もこうやって無駄に消費されていく。なんだかむなしくなるなと思いつつ、エアマットの上に横になるとまた爆睡してしまった。

 勝手知ったる和琴だなどと思うと異様な安心感に包まれてしまうキタノだった。

 何時だろう?結構、二度寝してしまった。目覚める時、とても息が苦しかった。なんだか夢にうなされていた気がする。近頃、高校生ぐらいの頃?つまり若い時分のことがやたら彷彿し、得体の知れない不安にさいなまれることがよくあるのだが、こんなところでも?さらに睡眠時の無呼吸症候群の気があるらしい。

 でも、せっかく、ここまで来たんだ。無為に時を消費するのももったいない。とりあえず根室で花咲蟹でも喰らうか。

 なんとか出撃体勢を整え、弟子屈〜虹別〜別海のルートを定めた。広大な牧草地も曇天の空には少しも映えない。本当に僅かでもいいから日が照って欲しいものだ。

 別海の市街地を抜けるとドライブイン”ロマン”が見えてきた。腹も空いてきたので、久々に名物の”ポークチャップミニ”でも食べてみるか。 
 オーダーしたのは”ポークチャップミニ”4百グラムだ。以前にも当サイトで紹介したことがあるのだが、普通のポークチャップは7百グラムもあるので、今の俺では絶対に食べきれない。

 ポークチャップを見た隣の席のオジサン、オバサンのグループは”わー凄い”と感嘆の声をあげていた。しかし、美味しいけど腹がパンクしそうで苦しい。かなり頑張って完食する。ウプッ!
 外に出ると”ど〜ん”という音がする。か、雷だ。これは根室まで行っている場合ではない。和琴に帰ろう。俺は慌てて踵をひるがえした。

 どうにか雨にあたらず、和琴半島へ帰還したけど、なんだかサイトが混みあってきた。テントへ戻ろうと馬上から降りると、
「キタノさんですよね」
 多分、俺よりは年上であろう紳士に呼び止められた。
『はい、キタノです』
「私は神戸のサトウといいます。キタノさんのホームページ、よく拝見していますよ」
 にっこりと穏やかな笑みを浮かべている。
『それはありがとうございます、初めまして』
「後で、ゆっくりとお話しましょう」
 サトウさんと約束したが、その後はまた雨になり、俺はテントの中にさっさと引っ込んでしまった。つまり、約束を反故にしてしまったようで、なんだかすいません。
 雨なので、テントの前室にて大好物のセイコマの塩ホルモンを炒めて食べた。塩の加減がちょうどよくて本当に美味しかった。ラジオの天気予報だと、やっぱり明日も天気はよくないみたい。またラジオの具合もかなり悪くて感度が全然よろしくなかった。

 そして今宵も不思議かつ魅惑的な小説”活動写真の女”をチビリチビリと酒を含みながら読んでいるうちに寝入ってしまう。
 また翌朝・・・

 奥の公衆浴場に入ると先客がひとりおられた。愛知県から和琴に長期滞在でやってくる男なんだが、名前までは知らない。お互い、おはようございますと挨拶を交わした。

 湯船に浸かりながら、
『ずっと、このあたりも天気が悪かったんですか』
 珍しく俺の方から声をかけた。
「そうですね。7月の下旬頃からいますが、一日を通して晴れた日はありません。いくら天気がよくても夕方には必ず夕立が来ますし」
『やっぱり、そうなんだ。俺は最初はニセコ付近にいたんですが、同じようなものでした』
 なんて情報交換を済ませ、”お先に”と俺はキャンプ場へ戻った。
「キタノさんですよね。おはようございます。私は苫小牧の○○と申します。永久ライダーのホームページ、よく拝見しておりますよ」
 ご年輩の方だった。でもすいません、お名前を失念してしまいました。とりあえず白髭さんということで。流石に和琴だけあって、永久ライダー読者の方からよく声をかけていただけるのですっかり恐縮してしまった。
『おはようございます。初めましてキタノです。うちのサイトを読んでいただきありがとうございます』

「キタノさんのお蔭で、リターンライダーになりましたよ」
『えっ、そんなあ』
 そんなこと言われると、なんだか恥ずかしいッス。俺は口ほどもない、本当にシャイで普通な野郎なのだ。 

 さらに白髭さんとギョウジャニンニクの話などをしていると、なぜか周囲のライダーさんたちも集まってきて、すっかり皆さんと歓談してしまう。

 一応、白髭さんには15日に決行される美流渡オフへの参加をお誘いしたが、お仕事の都合がつかないとのこと。またいずれどこかで飲みましょう。

 よろしければということで、”永久ライダー”のステッカーを進呈し、俺は馬上の人となる。行く先は根室花咲港なり・・・

 ということで、昨日と同じルートから根室を目指した。もちろん空は連日の曇りでなんの変哲もない。

 やがて半島へ入ると流石は根室。途中はかなり肌寒い。しっかりとジャンパーを着込んで防寒対策をとった。

 そして花咲港へ辿り着く。 
「いらっしゃい」
 大八食堂のおばちゃんの元気な声を訊きながらカウンターへ座った。

『花咲蟹を一尾くれ』
「はいよ」
 計りの上に乗せると一杯3800円だとか。
『ちと高くねえか』
「んじゃ、これか。2000円でいいよ。今年は型がでかくてキロ売りだから高めになるんだよ」
 いやしかし、花咲蟹の美味いのなんのって。バクバク食べた。もちろん鉄砲汁や秋刀魚のサービスも健在なりなんて喜んでいると学生ライダーくんも登場。蟹の食べ方わからず難渋しているようだ。

「なんだか、あんたは蟹を相当食べ慣れてるね」
 おばちゃんが、俺に言ったが、
『なに言ってんの。俺は去年も来てるじゃん』
 というと、どうりでと得心顔で頷いていた。
 学生さんは、丼ご飯をお代わりしていた。素晴らしい食いっぷりだ。日本の明日を担うのはキミタチだ。そのためには、まず食べないと力が出ないぞ。俺はいつだって前向きな若者の味方だ。

 帰りがけにおばさんが、
「なんだかロスケ(彼女はそういっていた)との絡みが複雑でね。来年もこの商売ができるかどうか」
 真面目な顔でぼやいていた。 
 とりあえずお土産用にと蟹を2尾ばかり、発送してもらうことにしたが、おばさんの顔は浮かない。

 まあ、いろいろあるかも知れないけど、とにかく頑張って商売を続けてくださいよ。

 帰りがけにおじさんから、まだ活きている花咲蟹を見せてもらう。茹でなければそんなに赤くないんだ。

 なんて思いながら、俺と学生が駐車場のバイクの傍に戻ると、ライダーが入ってきた。ずいぶん古いCB1100Rである。

「年季が入ったバイクですね」
 学生が訊ねた。
「ええ、25年前のバイクです」
 ライダーは30歳前後だろうか?
『25年前のバイクですと!部品とかどうしてるんだい?』
 四半世紀前のバイクって凄過ぎる。
「はい、部品取り用にもう一台あるんですよ」
『素晴らしい』

 なんて盛り上っていると、おじさんがやって来て、
「ほらよ、飲みなよ。気いつけてな」
 よく冷えた缶コーヒーを差し入れてくれた。

 うっ・・・

 俺は、こういうさりげない人情にとてつもなく弱い。

 俺は、やっぱり北海道ってどうしようもなく好きだ。

 四の五もないぐらい・・・



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