北海道ツーリング2008















旅立ち



 前日まで俺は馬車馬のように働き、そして出発当日の午前中は慌ただしくツーリングの準備を済ませた。なんだかなにか大変なアイテムを忘れているような気がするが、大汗をかきながらパッキングを済ませた。

 私事だが4月から俺の仕事は多忙を極めていた。6月など土日でもすべて返上で出張が続いていた。オートバイには乗れないし、キャンプができないし、趣味の山行もできなかった。そういえば仙台へ数日間泊りがけの出張をした際に岩手・宮城内陸地震にも遭った。あの時はJRなどの交通機関が麻痺し、動きがとれなくなり途方に暮れてしまった。

 とにかく、この旅の休みは有休休暇ではない。ほとんど休日出勤の代休なのだ。存分にリフレッシュしないとおかしくなりそうだ。

「せっかく旅行券があるんだから、キャンプばっかりじゃなくて、たまには宿で疲れをとらなきゃだめよ。あなたももう歳なんだから」
 駐車場で女房が俺の肩を叩いた。
『年寄り扱いすんな』
 実は勤続20年ということで、5万円分の旅行券が職場から贈呈されていた。どうせなら現金でもらった方が助かるのだが贅沢はいうまい。

 JTBの5万円分の旅行券・・・

 豪華温泉ホテルにコンパニオンあげて、どんちゃん騒ぎの大名旅行も可能になってくる。なんだか、そんなことを考えると俺の顔がエロく歪んできた。
                ↑
 現実は、豪華温泉旅館にひとりで泊まれる度量などキタノにはございません。せいぜいシティ・ホテルのシングルルームだけで、いっぱいの小心者だ。

『んじゃ、行ってくる』
 毎年8月に10年続いている、いつもの光景だ。

 ここから、ネット社会からは完全にオフとなる。非日常の旅に集中したい。基本的に俺はHPはあげているが、ネットや携帯がなくても充分に、いや余裕で生きていける古いアナログタイプの野郎でもある。

 それより10年連続の8月の北海道ロングツーリング、今年は道内のどこに行けばよいのだろう。さすがに的が定まらなくなってきている。ただ、荷物の重さだけは変わらない。本当にこの重さ、洒落にならない。

 東北道へ入った。むんむんと蒸し暑い中、目指すは仙台港フェリーターミナル(FT)だ。いつものように南部道路と東部道路をアクセスすると短時間で到着してしまう。

『あのB寝台の1階にしてもらうなど可能ですか』
 受付の若い女性に申し出た。どうも俺は二段ベットの上は苦手だ。
「今夜のフェリーは”きそ”なので、2階がないから大丈夫です」
 とのこと。新造船の”きそ”かあ。これはありがたい。

 ”きそ”なら快適な船旅がでキソ・・・

 受付を済ませ、いったんパッキングしてある荷を解いた。船内で必要なものだけをザックに詰める。そしてまたパッキングをしなおす。こんな作業を黙然と済ませ、ターミナルの建物に向かって歩いていると・・・

「キタノさん」
 リーマン風の男性から声をかけられた。以前、楢葉でのEOCに参戦いただいた山元町の”ぼん”さんだった。

「ブログで今日乗船だと読んだもので。しかし、本当に羨ましいです。私も北海道ツーリングへ行きたいです。大阪屋の味噌ジンギスカンも食べたいです」
『ぼんさんもなんとか渡道できることを祈ってますよ』
「今からじゃ、キャンセル待ちでもきついですかね。でも、なんとか妻も説得します」
 北の大地では会えなかったが、ぼんさんは短期間ながら渡道を果たし、仲間のいちさんと合流したそうだ。念願成就なにより。

 彼は仕事の都合で塩釜方面に来ていて、帰りがけに立ち寄ってくれたそうだ。さらに酒とツマミまで頂戴する。見送りと差し入れ、本当にありがとうございました。

 やがて、続々とライダーが集結し、行列が形成されてきた。なんともライダーの年齢が高い。平均すると60歳近くなっているのではなかろうか。マシンも高級車が多い。リターンライダーの方がほとんどだと思うが、皆さん本当にお元気なバリバリの現役ツアラーである。
 係員の誘導でアクセルをあげた。俺とマシンはスロープを勢いよく乗り越え、”きそ”の船内に入る。ザックを背負ってエレベーターへ乗った。そして案内された客室へと。「なるほど」、やっぱり”きそ”の船室はとても綺麗だし、海に面した位置なので広々と使える。さっそく道具を持って風呂へ浸かる。まだ人が少なくとても心地よかった。その後は、よく冷えたビールを飲みながらTVでオリンピックを観戦(水泳だったかな?)しているうちに眠くなったので船室に戻り就寝。
 翌朝、一風呂浴びて朝食バイキングをがんがん喰らう。船旅ではこれが一番の楽しみだったりする。食後、ぱんぱんにふくれた腹で、エントランスへ向かうと美しい女性がピアノを奏でていた。暫し、ソファーに腰掛けて聴き入ってしまう。なんとも強弱が激しい素晴らしい演奏だ。俺の腹の中の消化にもとてもよさそうだし。なんて思っているうちにいつの間にかうとうとと安らかに寝入ってしまった。ふと気がつくと下船の案内放送が流れている。急がないと!
 ザックに荷物をぶち込み、エレベーターへ向かうも凄い行列だった。これでは階段の方が早い。慌てて階段を駆け下りた。全身からはまたも大汗が噴き出している。ぜーぜーいいながら、マシンを止めたデッキに辿り着くと・・・

「おう、来た、来た・・・」
 係員の人たちが、俺の姿を今や遅しと待ち続けていた。なんと周りにバイクが1台もない。俺のゼファーだけがポツンと寂しそうに取り残されている。
『すいませーん』
 俺はザックを大急ぎで括りつけて、スロットルをあげた。やがてスロープを抜けると眩しい真夏の陽光が俺の顔を照らした。1年ぶりの北の大地だ。この夏も酷暑が猛威を奮うのだろうか。 
 駐車場の日陰にマシンを停め、しっかりとパッキングをしなおした。俺はパッキングは絶対に妥協しない。永久ライダーの歴史は、トラブルの歴史だ。過去に悲惨な結果へ何度も遭ってきている。なんて思っていると、
「これから、どこへ行く?」
 通りすがりの老人が声をかけてきた。なんだか毎年、こんな展開になっている気がしないでもない。
『僕、どこへいったらいいんですか?』
 かくのごとく答えると老人は嫌な顔をしながら立ち去ってしまった。もしかして愚弄されたと思ったのかもしれない。でも俺はまだ具体的にどこへ行こうとは本当に考えてなかった。おじいさん、ごめんね。

 さて、とりあえず行先を決めるか。先日の福島のEOCで神奈川のイトウさんが、東千歳バーベキューの焼鳥がお薦めだと言っていた。鶏一羽の半分ぐらいの量の肉を炭火で炙るらしい。看板娘の90歳ぐらいのおばあさんが信じられないぐらいの塩を振りかけてくれるとか。それがなまら美味いという話だ。

 まずは千歳に向かうか・・・

 俺はマシンのスロットルをゆっくりとあげた。ゼファーは絶好調である。スピードが乗ってくると北の大地の空気はとても爽やかで心地よい。

 戦いは・・・もとい、旅は今まさに始まったばかり。

 苫小牧郊外の原生林に面した道を北のサムライを乗せたマシが悠々と旋回を始めていた。

 旋回というよりは、あまりの過積載で後輪がゆらゆらと勝手にふらついているような気がしたことは内緒だ。 




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